そんな言葉がとてもとてもストレスになっていた頃があった
本当はさ・・
自分を差し置いてまで愛情を注いでくれていたなんて有り難い事だったのにね・・
愛情の表現や伝え方は人それぞれ違う物なのは当たり前で、仕方のない事で・・
それは人それぞれ生き方が違うのと同じ事
たまたまそれを私が受け入れられなかったんだ
だけど自分が年齢を重ねる度に人のためにも出来る事が一つ一つ増えていき…
人が喜ぶ笑顔や『有り難う』の言葉が嬉しくて自分も人並に人のためにと出来る事はしたいって思うようになっていた
自分が大切だと思う相手のためならなおの事ね…
でもそれが度を超えると人のためという勝手に自分が行っている行為にも関わらず相手に見返りを求めるようになる…
そして時にはそれを理由に人のせいにしてしまう事もある
ただの勝手な押し付けになってしまう時もある…
それが嫌だったはずなのに…
人のため…
人のために自分が何かをできるようになっていく自分自身の成長や自信や力の自己確認や自己満足
人からの感謝の見返りを頂ける優越感
例え人から頼まれた事であってもやるかやらないかを決めたのは全ては自分
どんな状況であったとしても決めるのは、やるのは全て自分
どんな事になろうとも人のせいになんかしてはいけない
人のためとは全て自分のためにやっている事なんだから…
自分がストレスを感じ苦しんだ頃があったからこそ私は昔から『人のため』という事に対してとても慎重になっていたんだ
あなたのためっていくら言われたって…
私は頼んだ事はないんだもん
頼んでもいないのに苦しんで頑張っているあなたを見ている方がずっと辛かったんだもん…
あなたのその苦しみや辛さは自分のせいなんだって…
自分の存在を責め悩む時もあった
苦しかった…
私の事なんか放っておいて…
考えないで…
そんな事を考えた頃もあった
でもあなたの『人のために』は一向になくなる所か増すばかり…
だからあなたの苦しみを少しでもなくしてあげたくて
あなたのニコニコが少しでもあるように
あなたのために…
お互いが『人のために』の使い方を間違えていて自分自身をお互いをさらに苦しめていた
でもね…
そこの根っこには共通する物がある
愛するからこそ…
愛という素晴らしい宝物がお互いに存在している
そんな双方が相手に求めている事ってさ…
幸せなんだよね
お互いがお互いの幸せを願っている宝物がある事は確かな事実
そう思ったらさ…
私のためにと…
本当は自分自身のためだったり自分自身の事であったとしても、必死に頑張れるのならば
私は幸せな存在なんだ
私の命にはここにも多大な価値があるんだ
あの人の生きる力に少しでもなる事ができているんだ
だから私は自分で自分の幸せ頑張ろう…
その中で自分が相手に出来る事を自分のためにしていこう…
やっぱり愛する人のニコニコや幸せは少しでも見たいから…
それは自分も嬉しい自分のために…
自分を殺し相手を優先にしてはいけない
自分が幸せにまずはならないと人のためになんか何一つできない
愛する人がいるからこそ…
自分はもっともっとニコニコ幸せにならなければならない
これは私の勝手な価値観だから決して人に、あの人に求めようとも押し付けようとも思わない
それにあの人のそれが生き方であり生きる力となっているのだから…
自分の存在に自信を持ち感謝する事が何よりも大切なお返しになるのかもしれない
こんなに愛されている事を有難く感謝すべきなのかもしれない
変わって欲しいなんて望むのは自分の勝手なエゴ
だから
私は私の価値観をしっかり忘れずに生きていこうって思うんだ
そしてあの人が例え私のためと苦しんでいたとしても、その苦しみの中必死に頑張っている事を…
認め感謝する事がお互いの幸せのためなのかもしれない
あの人を心から愛しているからこそ…
そしてあの人の沢山の愛を感じるからこそ…
私はもっともっと幸せになりたい
多大なる愛情あっての贅沢な苦しみだったんだ…感謝



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愛することって
なんて素晴しいことなんでしょう!
愛されるより、愛したい!